柏戸利助(かしわど りすけ、天明3年(1783年) - 文政11年10月27日(1828年12月3日))は江戸時代の大相撲力士。陸奥国津軽郡(現在の青森県五所川原市)出身。最高位は大関。体格は183cm、132kgと伝わる。
来歴 [編集]
体はやや固いものの、筋骨隆々とした体格を生かした力感溢れる豪快な相撲で4代玉垣と共に一時代を担った。優勝に相当する成績を残すこと16回と谷風、雷電に次ぐ成績を残した。ただ、勝率はそれほど良くなく、全勝は一回もなかった。文政6年6月に五条家から一方的に横綱免許を受けるが、吉田司家に遠慮したのか、本人は土俵入りを辞退した。よき対戦相手であった玉垣が現役死(文政7年8月5日)したことで戦意喪失したのかその後大負けして文政8年正月場所を最後に引退。二枚鑑札で年寄伊勢ノ海(5代)を襲名していた。
文化9年11月場所に師匠であり養父の柏戸の引退を受けて「頂」(いただき)から柏戸と四股名を改めたが、翌10年正月に師匠が現役時代の柏戸の名で勧進元を務めたため、現役と年寄両方に「柏戸」の名が載る珍しい事態となった。
主な成績 [編集]
幕内在位:29場所
幕内成績:158勝37敗7分5預16無勝負 勝率.810
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